目指すは「完璧」なパフォーマンス?

バルセロナ リセウ大劇場

写真: リセウ大劇場 バルセロナ スペイン

もう少し前の話になりますが
かなり驚いた事があります。

若く将来有望と思われる
ヨーロッパへ着いて間もない
日本人ダンサーさんの
リハーサル。
コンテンポラリーソロを拝見。

あどけないところが
残っているくらいの年頃でしたが
見事なプロなみの出来。

ただある一箇所が気になりました。

クラッシックバレエと違い
コンテンポラリーは
「こうあるべき」
の前提はありませんので
作品を初めて見た後に
自分の意見やフィードバックを
唐突には…言いません。

まず
「素晴らしかった!」
との感想を述べた後に

「この箇所は…もしかしたら
今日はあまり上手くいかなかったのかな?
それとも振り付けがこうだったのかな?」

と尋ねました。

答えは……涙。

突如の思いがけない反応への
焦りと共に
心底からその反応に驚かされ
多くを考えさせられました。

色々なプレッシャーが
伴っているはずの環境

時差
疲れ
緊張

などなど
涙の裏には多くの要因があったと想像します。

私としては
作品を知らない部外者として(!)
初めて見たソロに対して
コメントを求められている状況下で
失礼にならないようにとの
配慮から質問をした
という意向であり

あなたの踊りが完璧ではなかったと
伝える意図は微塵もありませんでしたが…
おそらくそのように受け止められたのでしょう。

プロダンサーや
スターダンサーにとっても

「上手くいかない」

は頻繁に起こる事であり
珍しい事でも
悪い事でも
恥ずる事でもない

それをどう舞台上で解決するかだよ〜
そういう事もプロは上手だよ〜
…と説明させてもらいましたが
感情的に混乱していたようでしたので
本人がどれほど聞けていたのかは
残念ながらわかりません…

先日この思い出が蘇ってきたのは
あるきっかけがありました。

YouTube映像を見ていた時の
コメントの数々

ダンサーさん達も
ディレクション側も
頻繁に使うライン…

「まだまだ技術は完璧じゃないのですが…」
「ミスのない完璧な舞台を目指して…」
「完璧にはほど遠いですが…」

……

皆さんのおっしゃる

「完璧」の基準は何でしょう?
「完璧」がゴールでしょうか?

ある意味
謙遜のニュアンスもあるのでしょうが…
本当によく使われている

違和感を感じ
少々不快になり始め
見るのをやめてしまいました。

生の舞台にハプニングは付きものであり
それが許され難いという風潮にある
クラッシックバレエの公演にも

踊っている本人
バレエマスター
振り付け家
または
同僚にしか気づかない
ハプニングが…
実際には山程潜んでいます

それが当たり前であり
そんな事を恐れていたら
良い踊りなんてできません。

『Perfect』「完璧」という言葉。

クリエイティブな世界に生きる
アーティスト達にとっては
かなり”ナンセンス”と受け止められる。

針穴に糸を通すような作業や
何らかの再現や模写をする
アーティスト達にとっては
大切だと想像します。

「完璧」な踊り…

多くの場合
「完璧」の概念は
”主観”や
”指導者の価値観”などに
大幅に左右される

significant other(シグニフィカント アザー)
に分類される
指導者の価値観や
コメントが与える影響の偉大さに関して
以前書いたものがあります。

少々硬い文章になりましたが
PCさんとPSさんがいる
「完璧主義」
に関しても以前書きました

どちらも
健やかなマインドセットで
踊るためには
とても慎重に
考慮する必要があるテーマ

「完璧」

褒める時には良いのかもしれませんが
そうでない場合には
状況に応じ
注意が必要な言葉な気がします。

特に子供達や
多感な年頃の若い人達には

先生に言われた事を着実に
または
編集を重ねた完璧な映像
のような踊りを目指すべきとの
勘違いをしてしまう

そしてそれ(=完璧)に
添えなかった場合は
失敗

そんな考えを助長するような
安易に「完璧」を使う話し方は
イエローカードな気がします。

完璧かどうかを求めるのではなく

ダンサーとして作品を踊ること
観客として踊りを見ること

忘れないで欲しいです。

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